歴史

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中村家家系図

名前 備考
宗祖 賀氏がうじ 1457 中村家元祖由来書による
初代 比嘉親雲上ひが ぺーちん 1727/04/19
二代 仲村渠親雲上なかんだかり ぺーちん 1730/10/18
三代 まつ仲村渠 1796/12/27 中村家住宅建立
四代 うし仲村渠 1792/05/28
五代 地頭代安里親雲上じとぅでー あさと ぺーちん 1854/04/12
六代 屋宜掟仲村渠仁也やぎうっちなかんだかりにや 1834/04/02 39歳
七代 地頭代安里親雲上 1863/08/23 54歳
八代 仲順親雲上ちゅんじゅん ぺーちん 1898/09/12 66歳
九代 仲村渠栄保なかんだかり えいほう 1944/05/03 80歳
十代 中村栄俊えいしゅん ーーー 戦後「中村」に改姓
十一代 中村善一ぜんいち ーーー
十二代 中村國宏 当代

中村家先祖代々の墓
中村家先祖代々の墓

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中村家の由来を伝説を交えて少し触れてみますと、中城城主であった護佐丸公の踊り、挨拶等の師匠として読谷山(今の読谷村あるいは恩納村)から来た賀氏の子孫だと聞いています。

始めは那覇の崇元寺に年期奉公であがっていました。
奉公人は2人で、毎年藁2束を小遣いとしてくれました。1人は「これだけでは何もできん、豆腐でも買おう」豆腐を買って食べたそうです。
もう一人(中村家の祖先)は藁1束で1本の綱を作り売ったそうです。
これを主人(住職)が見ていてこれは「誠の者だな」言って信用されたそうです。

年期があけて家へ帰る途中野嵩坂(のだけざか)にさしかかると、そこに子供を抱いて座っている女のひとがいました。挨拶をすると女の人は「この子はもう亡くなっていますあんた抱いてくれませんか、私は棺桶を借りてきましょう」と言ったので「私が借りてきます」と言うと「それは出来ない」「どうかあんたが抱いていてください」と言うのでその死体をだいていると、女のひとは戻ってこなかったのです。

死体を抱いて家に帰り、丁寧にその死体を穴を掘り葬ってやろうと抱き下ろすともう人ではなく黄金に変っていて、その後大金持ちになったという伝説です。

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